美瑛人になった先輩たち

美瑛町に移住された方々にインタビューをし、移住のきっかけや住んでみて感じたことなどのお話を伺いました。


仕事の人生から趣味の人生へ

 「もう時間がない」と感じたのは60歳代に入った頃。ステーキ専門店を40年近く経営していた小宮輝夫さん(70歳)は、お客様に尽くす「仕事一筋」の人生を、これからは「自分のため」の人生にしたかったのです。埼玉県大宮市でも1、2を争うほど人気のお店を閉めることに奥様の富久子さんは一切反対しませんでした。

海外も視野に入れた移住先探し

 移住を決意してから3ヶ月後に店を閉め、移住先としてドイツ、フランスなど海外や国内各地を探した結果、ここ美瑛町に決めました。きっかけは、20数年前、ゴルフで美瑛町を訪れたときのこと。大雪の雄大な山並みに魅了され、それが忘れられなかったのです。

趣味の陶芸で作った香炉

終の住処から山々を一望

 小宮さんの終の住処は、赤い屋根のログハウス風の建物。窓からは小宮さんが一目ぼれした大雪山の山々が一望できます。自宅周辺にトレッキングコースを作り、朝の清々しい空気を全身に感じながら散歩をするのがお気に入りの時間。陽が昇り、沈むまで、この雄大な景色に包まれて過ごす毎日です。窓から見える十勝岳は、登山口まで車で約20分。「本州は登山に出かけても、人、人、人。こっちは人がいない。津軽海峡を越えると北海道はまるで異国」と、登山も満喫しています。

まるでアルプスのよう

夫婦のかたちも新鮮に

 奥様は大宮市で仕事を続けている関係から、ここに居られるのは月の半分ほど。奥様とは、幼稚園からの幼馴染みということですが、ここで一緒に過ごす日々は、夫婦のかたちが新鮮に感じられ、二人でおだやかな時間を楽しんでいます。

大自然の中に自分が居る証を刻む

 自宅の庭には、奥様と一緒に造った色鮮やかなラベンダー畑が広がります。夏の一日、その大半を雑草取りに費やしても、とっても楽しい時間が過ぎていくようです。また、小宮さんの自宅には、「オルテ山荘」という看板が掲げられています。この看板は、ここ美瑛の雄大な大地に、自分が居るという証ということから掲げたもの。ちょっとした小宮さんの遊び心が感じられます。ラベンダー畑の中に建つお洒落な赤い屋根の家は、時々、カフェと間違えて、観光客も訪れると言います。

奥様手作りのフラワークラフト

庭先にやってくるエゾリス

不便も楽しさに変わる自然の暮らしを満喫

 「ここに来て良かった」と迷いもなく話す小宮さんですが、ここに住みついた頃は、家を出て坂を下った私道入口にあるポストへ、往復15分もかけて新聞を取りにいくことに不便を感じたことがありました。でも、今ではこの15分の散歩は、毎日の日課、すっかり生活の一部です。そして、この景色に相応しいと、自宅のテラスから響かせるアルプスホルン。もちろん、近所から苦情がくるはずもありません。
 そして、奥様は辺り一面が雪で覆われる冬が一番好きだと言います。お話を伺ったのは秋でしたが、「雪かきも苦にならないのよ」と冬の足音を楽しみにされているようでした。

夢がどんどん広がる

 美瑛に移ってからも、小宮さんの夢はふくらむばかりです。ラベンダー畑の次は、ブドウ畑を造り、収穫したブドウで、自分のためのワインを醸造すること。夢は大きいマイワイナリーです。大雪山連峰は、先住民族アイヌの言葉で「カムイミンタラ=神々が遊ぶ庭」、小宮さんは、この「カムイミンタラで、自分も遊ばない手はない」と、嬉しそうに話します。大好きな大自然の中で、自由に自分の時間を過ごすなんて、とっても贅沢な人生かもしれません。「仕事一筋」のストレスから開放され、小宮さんは今、生きる楽しさを満喫しています。

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